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2008.04.15 (Tue)

ご無沙汰してすみません。

ご無沙汰しておりました。
永らく、ブログを更新できなかった理由がありました…。

実は、2月の末に義父が末期がんということが急遽判明し、
それ以来、主人の実家の大分と京都を行ったりきたりする生活でしたが、
残念ながら3月末に亡くなってしまいました。

当初、義父は日常生活からは全く予想もできなかったこの事態を、
本当に驚くほど気丈に受け止め、全く動じずに治療に専念していました。

入院当初から、外見上は病状は嘘じゃないかと思うほどお元気で、
実際は悪いと言われながらも順調な入院生活を送っており、
子供達もこの現実を感じることなく接していました。

しかし、お元気だったのも束の間、
3/28に容態の変化が見られるということで
念のために子供達も一緒に大分に帰りました。

そんなに慌てることはないという状況で帰ったのですが、
大分の病室に着いた時点で、義父の様子は既に変化していました。

結局は、その日が義父と言葉を交わせた最後の日となってしまいました。

一緒に連れて帰った子供たちはもろちん家族とも話はできなかったのですが、
その後、ほんの僅かな時間ではありましたが、
いつも通りに家族と会話ができる程、回復された時間がありました。

今となっては、義父が子供たちや家族・親族との会話ができた
最後の時間となってしまいました。

翌日未明、突如として義父の容態が急変し、
もう言葉を交わすことはできなくなりましたが、
このブログで書き留めておきたい出来事がありました。

それは、現在、私は毎年4月1日に京都で演奏しているのですが、
その演奏している楽譜は、ある作曲家の先生から
若かりし頃の義父が受け取る作業をしていた曲なのです。

今回、大分に帰って言葉を交わした最後の日、
義父は他の家族との会話よりも
私の手を握りながら「4月1日の演奏は頼むぞ!」と
二回も言ってくれました。

翌朝未明、義父は意識がなくなってしまいましたが、
家族は、そんな義父の想いを知っていたのかは定かではありませんが、
「何があっても、4月1日の京都での演奏はやりきって来てほしい」とのことで、
私は義父の最期は立ち会えず、京都での演奏となりました。

その日の演奏はともかくとして、
義父の想いの強いこの曲を演奏できたことは、
今後の私にとっても
かけがえのないご縁をいただきました。

お義父さん、ありがとう。

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